我に返る。そんな二人を、息を荒げて美鶴が睨む。
「喧嘩するなら帰れ。それから」
聡を見上げる。
「今後、あの写真について何か言ったら、二度と口は利いてやらない」
「なっ なんでだよっ!」
「忘れたいんだっ!」
怒りを込めて怒鳴り返す。その声に聡は一瞬呆気に取られ、だが次には瞳を細めて瑠駆真を見遣る。
「なるほど」
聡にしては珍しく余裕な不敵。
「好きでもない男とのキス写真なんて、さっさと忘れたいってところか」
瞬間、屈辱に歪む瑠駆真の顔。
「君だって、同じようなものだろう」
これまた瑠駆真にしては珍しく、低く唸るような声。
そんな二人に向かって、美鶴がピシャリと言ってやる。
「どっちも同じだ」
「え?」
「私は、だから、その、お前たちどちらの気持ちも、う、受け取れない」
途中からは目を見ることもできず、自らの視線を泳がせて逃げる。
「だから、いい加減に諦めてくれ」
そんなふうに啀み合うのはやめろ。
「無理」
あっさりと答える聡にため息が出る。
「無理でも何でも、諦めてくれ。そしてとにかく」
二人に反論する余地を与えぬよう、言葉を続ける。
「とにかく私は明後日は用事がある。だからコンサートにもハンドベルにも付き合えない」
言って、ドッカリと腰を下ろす。
「この話はこれで終わりだ。私は見ての通り勉強で忙しい。邪魔するなら帰ってくれ」
「学年トップが、よくやるね。期末が終わったばっかなんだし、少しは休めよ」
「年明けにも模試がある」
チロリと投げられた視線には、有無を言わせぬ威圧感。
この視線を投げてくる時は要注意だ。下手に反論すると、美鶴は不機嫌になってしまう。
今までの経験からそう判断した二人は、それ以上イブの予定について食い下がる事ができなかった。
だからと言って、諦めるつもりはない。第一、霞流がいないって、本当か?
「信じる」
昼休み、瑠駆真に向かってそう言った。あの時は本当に信じるつもりだった。
美鶴を信じたい。まさか、いくら俺たちを遠ざけたいからって、嘘ついて誤魔化して、俺たちを騙したりはしねぇよな。美鶴はそんな人間じゃねぇよ。
思いたいのに、胸に湧くのは懐疑ばかり。
だって、信じたくない言葉ばかりを聞かされる。信じたくない言葉に、信じたくない写真。
瑠駆真とのキス写真だけでもかなりショックだったのに、今度は霞流が好きでした、かよっ!
いい加減にしてくれよっ!
拳でベッドを叩く。夜も更けたのにさっぱり眠れない。エアコンの効いた室内は快適だが、美鶴の事を思うと身体が火照る。暑くて消すと、今度は寒い。
せめて、本当に霞流が一緒じゃないという確証でもあれば。それさえはっきりすれば、イブを一緒に過ごせなくてもギリギリ我慢はできる。
二人っきりのイブは望めない。期待するだけ虚しくなる。二人っきりどころか、美鶴と一緒に過ごすこともできない。ならばせめて、せめて霞流と美鶴が一緒に過ごすという最悪の事態はなんとか妨害したい。
妨害したい。
俺は、なんて卑劣なんだ。なんて汚く、醜いんだ。
四月に転入して以来、何度そうやって自分を自虐した事か。
優しさが、足りないからだろうか?
わからない。
寝返りを打つ。
十二月二十四日を、これほど思い詰めた事はない。
去年までなら、くだらないとばかりに鼻で笑っていた。これ見よがしにくっつく男女を見ても、冷めた感情しか湧かなかった。なのになぜ、今はこんなにも拘ってしまうのだろう?
本当は、美鶴のイブを妨害なんてしたくない。好きな人には、楽しいイブを過ごしてもらいたいと思うよ。本当に思う。心から思う。だけどさ。
ギュッと布団を握り締める。
だけど、ダメなんだ。どうしても我慢できないんだ。美鶴が他の、それも好きだっていう奴と一緒に過ごしてるかもしれないなんて思ったら、想像したら、俺は本当にどうにかなってしまいそうだ。
どうすればいい?
イブは明日だ。終業式だから午前中で終わりだ。美鶴は駅舎へ行くのだろうか?
今日は祝日。学校は休み。美鶴にも会えなかった。
本当に霞流とは一緒に過ごさないという、確固たる証拠でももらえないだろうか? でも、しつこく聞けば不機嫌になってしまいそうだ。美鶴は不機嫌になると口を閉ざしてしまう。
それを考えると、電話もメールもできなかった。まったく一日を無駄にしてしまったような気分。
でも、そもそもどんな証拠を提示されれば、俺は納得するのだろうか? ひょっとしたら、どんな言葉を掛けられても、美鶴を疑ってしまうのかもしれない。
俺って奴は、正真正銘汚い人間だな。
仰向けになり、右腕を両目に乗せた時だった。
携帯が震えた。ぼんやりと画面を見る。次の瞬間にはガバリと半身を起こす。
「瑠駆真?」
「やっぱり起きてたな」
まるで聡の行動などすべてお見通しだと言わんばかり。こちらの行動など手に取るようにわかる。そう言われたようで、聡は憮然と言い返す。
「お前だって、寝られなかったんだろう?」
「あぁ、もちろんだ。寝られると思うか?」
美鶴への想いは、そんなもんじゃない。そう返されたような気分。
どう言い返しても、結局は見下げられてしまうのか。
これ以上反論しても逆に好きなだけ相手の手の上で踊らされるような気がして、聡は早々に諦める。
「用件は?」
「もったいぶる必要もないからな。手短に聞く。明日はどうする?」
「どうするって」
聞かれる内容はだいたいわかっていたが、実際に問われると、返答に窮する。
そんな口ごもる聡に、電話の向こうで呆れたような声。
「聡、まさか明日は何も行動を起こさないつもりじゃないだろうな?」
「え?」
「もし君がそのつもりなら、僕は一人で動くが、いいか?」
「は?」
いいか? と問われても、いいとも悪いとも言えない。
「動くって、何、お前、何かするつもりか?」
「当然。それとも何? 君は黙って彼女を霞流の家へ行かせるつもりか?」
「そ、それは」
それは嫌だ。だが、じゃあ自分はどうすればいい?
そこでふと脳裏に過ぎる。それは瑠駆真の不敵な言葉。
「失敗したアカツキには、思う存分笑えばいい」
美鶴が自宅謹慎に処せられた時、その対応を巡って瑠駆真が発した言葉。その後、彼は副会長室へ乗り込み廿楽華恩を罵倒し、事の展開に聡はどうなる事かとヒヤヒヤした。
「動くって、お前」
今度も何かとんでもない行動を起こすのだろうか?
そんな不安に聡の声が強張る。
「お前、今度も何かやるのか?」
「今度も?」
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